2010年2月17日水曜日

スタッフさんたちと市田邸に行きましら

行きましら、ってミスタイプですけど、
「行きました」+「行ったのかしら」=「行きましら」みたいな感じで、
行ったのか、行ったかどうか定かじゃないのか、大丈夫か!どうした!
という感じがして気に入ったので残してみます。
あと、ほんのかすかに「猫まっしぐら」も混ざっているか。
いないか。
いないね。

最近はもっぱら正しくないことに興味があります。
わざと間違うようないやらしさはいらないのですが
(と言いつつ、私はつい非常に頻繁にそういう遊びをしてしまうのですが)、
本当に本気で頑張っていても100%の正しさからはいつだって逸れてしまって、
それが面白いし愛おしく感じます。

具体的にする作業が私は非常に苦手で、
今日はスタッフの皆様の頼もしさに小さく心打ち震わせていました。
具体的にしないと問題点が浮かび上がってこないので、
どんどん形にしてはこまめに修正し、作り直すという作業が絶対必要ですが、
どうもその部分がしんどく、
それは私が本当に改めなければならない怠け癖というものに他ならないのですが、
こういうことがしたい、こういう風にしたいというイメージの段階で
やわやわと遊んでしまいがちです。
でも、頭の中ではあんなに面白かったのに
いざやってみたら死ぬほど寒いということが本当によくあって、
私はそれがやってみるまで分からないので、とにかくやるしかないです。
(地獄温泉でそれがよく分かった)

今日は、私が「こうしたいです」と言うと「じゃあ出来るのはこれかこれですね」と
すぐに一段具体的なアイディアが返ってくるという感じで、
何かもうちびりそうに嬉しいと思いました。
何より、市田邸いいね!素敵だね!と言って、
建物の持ち前の場の良さをいかに活かしていくかという方向で
皆さん考えてくださっているのが喜びでした。

それは当然のことなのかもしれませんが、
最近思うにどうも私には「これはこうだからこう活かす」が不足しがち。
もしくはずれている気がします。
ズレというのはもっと具体的に正直に言えば、
「素材の性質を素直に活かす」に私の自己主張が入ってきてしまって、
何かやりたがってしまうということです。
でも後から見るとそれは過剰だったり蛇足だったりすることが多いので、
でも蛇足だということに気付くには多少間を置くことが必要なので、
こまめにどんどん具体的にする作業がやっぱり必要、
とこれを書きながら思いました。

市田邸は何とか文化財(有形文化財)なので、
建物の保存が第一ということで
やれることが相当制限されるぞー(釘打ちNGとか)
と覚悟していたのですが、
管理人の中村さんもすごく理解を示してくださって、
まぁ花火は案の定却下でしたが笑、
「これはこうやったら実現できますね」
「ここはこう使っていただいてもOKです」
「道案内にはうちにある着物の洗い張り板を使っていただいて」
と積極的にアイディアを出してくださって、非常に嬉しい有り難い。
そして中村さんは、市田邸が使われることを喜んでいらっしゃるのだなぁとも思いました。

前に三鷹でままごとの「わが星」を見たときに、
三鷹の森川さんが「劇場をこんな風に使っていただいて嬉しいですねぇ」
と本当に嬉しそうにおっしゃっていたのを思い出し、
市田邸の場合は劇場とはまた違った思い入れもあるだろうし、
そうそうそう言えば、
お家というのは人が住まなくなるとぺしゃんと潰れてしまうのだと聞いたことがあって、
でも市田邸は100年経ってるけどまだ全然潰れなさそうで、
とかそんな色々がざぁーっと去来し、
その間にもスタッフさんたちは各セクションの懸案事項をチェックしており、
結論としては、
私は本当に皆さんに対して感無量になっているばかりの役立たずのちんちくりんでした。

なんでこんなに何も出来ない私が中心になっているんだろと
今日ふと思ったのですが、
や、一人で全部できなくていんだいんだ、
私は台本を書き、とにかく稽古を頑張ります。
と思うことにしました。

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